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心とエネルギー

「幸せ」と「仕合せ」は、違うものです

約5分

願いが叶ったときの喜びを、私たちは幸せと呼びます。でも神道では、別の漢字を使うことがあります。「仕合せ」。人との巡り合わせそのものを幸せと感じる状態のことです。

「幸せ」と「仕合せ」は、違うものです

幸せには、
二つの「幸せ」があるのをご存知だろうか。

一つ目は、
普段みんなが使っている「幸せ」。

物質、お金、恋愛、仕事。

自分の理想や願望が叶ったときに、
脳内にドーパミンが溢れ出す状態。

一般的に、
人はこれを幸せと呼んでいる。

でも神道の世界では、
時に別の漢字を使います。

「仕合せ」

師匠は、一言だけ教えてくれた

この言葉の違いを、
昔、神道の師匠に聞いたことがある。

すると師匠は、
一言だけこう教えてくれた。

「仕合せとは、
人との関係で生まれる幸せのことですよ」

当時の幼い自分には、
なんとなく理解したつもりだった。

でも、今振り返ると、
この文字の違いには、
もっと深い意味が隠されていた気がします。

辞書的な意味で見ると、

「幸せ」は、
一時的な喜び。

「幸福」は、
長く続く安定した喜び。

そして「仕合せ」は、
巡り合わせそのものに
幸せを感じる状態。

良いことも、悪いことも。

人生に起きる全てを、
幸せに繋がる意味ある流れとして
受け取れる力。

つまり、
全肯定で生きた人の中に
育っていく感覚です。

人には、二種類しかいない

これは、
自分がずっと語ってきたことでもあります。

全てを全肯定する。
目の前の人を幸せにする。

その生き方を続けていくと、
人は「幸せ」を超えて、
「仕合せ」の領域へ入っていく。

この世界観は、
対人関係に落とし込むと、
さらに分かりやすくなります。

人には、
大きく分けると
二種類しかいない。

「欲しい欲しい」で生きる人間。

「与えること」に喜びを感じる、
与える側の人間。

この二つ。

欲しい。
認められたい。
奪いたい。
得したい。

常に受け取ることが中心の人。

一方で、

目の前の人が喜ぶことに、
自然と意識が向く人。

会っている瞬間、
0.1%も「奪いたい」が出ない人。

それが、与える側の人間です。

金運を拗らせる人が生きている世界

金運を拗らせる人の多くは、

「お金は有限」
「使えば減る」

という世界で生きている。

でも、
本当に流れが良い人たちは違う。

「お金は循環する」
だから自分のところにも入ってくる。

「豊かさは溢れ出る」
人に豊かさを与えた分だけ、
自分と周りが豊かになる。

そういう感覚で生きている。

そして同時に、
対人関係でも
与える側に立っている。

この二つが揃ったとき、
金運も、
人間関係も、
大きく変わり始めます。

そして口癖は
「お金を使うと増えちゃう」

実際、
豊かな方たちを見ているとよく分かる。

自分にも大きく使う。

でもそれ以上に、

仕事でも、
人付き合いでも、
判断でも、
仕草でも、

「相手に何を与えられるか」

を基準に生きています。

逆に、
欲しい欲しいの人は、
最初は近づけても、
長くは残れない。

欲しさは、
嫉妬や奪う心に
繋がりやすいからです。

目の前の人を幸せにする視点が弱くなり、

結果として、
仕事も、
人間関係も、
品性も、
少しずつ下がっていく。

だから、
本当に大きな世界ほど、
与える側の人間しか残れない。

体験して学びなさい

自分自身が
与える側へ変わったとき、
人生は本当に変わります。

お金の流れも。
出会う人も。
起きる出来事も。

驚くほど変わる。

全肯定で受け取り、
全肯定の言葉を話し、
目の前の人に幸せを与える。

どんな状況でも、

「自分は与える側として
どう在るか」

を選び続ける。

この積み重ねが、
人生を大きく変えていきます。

そしてそのときに、
自然と感じ始める感覚がある。

それが「仕合せ」のエネルギー✨

それが周りを満たしていく。

小さい頃から、
ずっとその世界を教わってきました。

でも、
詳しく説明はされなかった。

「体験して学びなさい」

その姿勢を貫かれてきたからこそ、
最近になって、
やっと腑に落ちた。

・全肯定。
・目の前の人を幸せにする。
・与える側の人間として生きる。

この三つが重なったとき、
人は高貴な幸せの中で
生き始めます。

そんな人間になって欲しいという
神々の祈りが、

『仕合せ』

という言葉の中には、
込められているのかもしれません。

ありがとうございます。

感謝してます。

この記事は にFacebookへ投稿した文章をもとに構成しています。