神社と参拝
神様に好かれる人は、礼儀が違う
ふだんから神社に通う人に共通するのは「多くの人に愛される」という感覚。その差を生むのは、神への礼儀と物への礼儀。二つがそろった人の解放は、顔から品が出る解放になります。
神社巡りをしていると、
いちばん多く
体感される感覚がある。
「多くの人に愛される」
この感覚を味わう人が、
とても多い。
今まで、うるさい、騒がしい、
だけの人だったのが
「明るくて良いね✨」に変わる。
気難しい人だったのが
「細かいところのフォロー、
神じゃね?」に変わる。
自分のネガティブを、
周りが勝手に
ポジティブに
受け止めてくれる。
こんな感覚を味わうのが、
ふだんから
神社に通う人たちの共通点です。
「運」と「気」は別物
よく運気の話をするけれど、
「運」と「気」は別物です。
運は、人や自分に影響を与える
循環。
気は、自分の根底から
湧き上がる力。
この二つが重なったときに、
「運気」として
エネルギーが強くなる。
神様は、人の好き嫌いをする
ここで、炎上しそうなことを書きます。
神道歴44年、
ずっと見てきた結果。
神様は、平気で人の好き嫌いをします。
これは断言できる。
信仰が違えば、
「神様はそんなことをしない」
と言われるかもしれない。
でも、どんな宗派でも、
救われる人と
そうでない人が
出てくるのが現実です。
そうさせているのは、
自分自身です。
神様に好かれる姿
では、神様に好かれる姿とは。
• 神への礼儀が、ちゃんとできる人
• 物への礼儀が、ちゃんと持てる人
この二つが重要です。
そこで養われた感覚が、
人への礼儀を
ちゃんとできる人に
つながります。
神への礼儀、
物への礼儀ができて、
人への礼儀ができる人。
神も物もぞんざいに扱う人。
後者がいくら人に礼儀を尽くしても、
人は違和感を覚えて
寄ってきません。
結果が、まったく違います。
日本には、神と人と物への礼儀を
「〇道」として広める文化が
根付いています。
神道、茶道、剣道。
礼儀を形として教えて、
体感させる。
それが「〇道」です。
品のある解放、品のない解放
昨今は、解放ブーム。
自分のやりたいことだけを
やりなさい。
そんな言葉が多い。
解放することには、
私も大いに賛成です。
でも、そこで言い放つ言葉に
気を遣えている人と、
気を遣えていない人。
礼儀のある人と、
礼儀のない人で、
大きく差が出ているのを
感じます。
最低限、神様への礼儀と、
物への礼儀。
この二つがある人の解放は、
必ず神がかった解放になる。
顔から品が出る
解放になります。
どれだけ稼いでいても、
品がないなぁ
と見られる人。
同じように稼いでいて、
遠くからでも
光っているのがわかる人。
その差は、ここにあります。
稼ぐ量より、質
お金を稼ぐ量よりも、
質。
品と共に稼ぐ、質。
この質が運(与える愛)であり、
運が無いと稼げなくなっていく。
お金がほしくて
動いているのは、
周りに丸わかりになります。
この人を助けてあげたい。
その気持ちも、
周りに丸わかりになります。
運気を上げるには、
人を助けてあげたい
という気持ちを
強くすること。
運気が強ければ、
大きな出来事が起きても
すべて簡単に乗り越えて、
周りの人に手を差し伸べられます。
感謝してます。
ありがとうございます✨
この記事は にFacebookへ投稿した文章をもとに構成しています。